社会人が数学を学ぶ
- 3月25日
- 読了時間: 2分
こんにちは。今日はさっそくタイトルの内容に。
この事業を始めて、社会人でも数学習いに来ていいよ、生涯学習していきましょうよ、と謳っています。友人らと話をすると、それってすごくいいね、という話になるのです。うらやましいと。
どういうことかというと、学生のころ数学をするというのはどうしても評価の付きまとうもので、その評価に一喜一憂しないといけませんでした。だから、点数を取るためにはどうするか、どこを覚えていればよいか、そんなことが優先されていました。そして思ったような点数が取れなければ、落胆して、かけた時間とそれが見合うかどうか、うまくいかなければ努力の程度に見合わない、と判断してしまい、どんどん数学が、勉強が嫌いになっていきました。
そこで、子どものころ、もしくは子どもをイメージしてみてください。いつも何でも「なんで?」「どうして?」が付きまとっていました。そしてそれを知ることができると「うれしい」んです。「知ることはうれしかった」んです。知的好奇心ですね。
それがいつの間にか評価の対象になってしまい、まわりのペースにも合わせないといけなくなってしまい、もともと興味の持てなかったものまで一緒くたに評価されるようになっていました。そうすると人間(多くの日本人は?)というのはできないところに目を向けがちなので、全部ひっくるめて「勉強嫌い」「学ぶのなんも面白くない」と言ってしまいます。本来は「知りたがり」だったはずなのに。
話はもとに戻りますが、このように「知りたがり」だったころに戻れるのがmath.clinicの社会人の数学です。なんか嫌いだった、できなくて面白くなかった、そんな数学を誰にも評価されることなく、気のすむまで浸かることができます。なんかできなくて嫌いだった数学を大人になって紐解いていくととてもおもしろいなと思う、問題を解くというよりもそんな仕組みだったんだ!と知ることができる、与えられた道具を使って謎を解いてみる、めっちゃよくないですか?
こういうことを友人らに話をするととてもうらやましがるのです。「へーなんかいいね、そういうの」「あのころ嫌だったけど、今自分のペースでやったら面白そう」そういう話になります。
実際、今通っていただいている社会人の方も数学はすごく苦手だったけど、今すごく面白い、楽しいと感想を言ってくれています。お礼を言ってくださるのですが、こちらこそありがとうです。なんというか心が満たされますよね。
一緒に社会人の数学してみませんか?きっと楽しいですよ。お問合せお待ちしております。